小宮山蘭子さんのこだわりをもつ作り方と年賀状へのこだわりをエッセー感覚で。

小宮山蘭子さんの私の年賀状作法

筆ペンと年賀状

結婚と年賀状

私はその事務所に勤務している時に、主人と知り合い、結婚しました。そして、お約束の“結婚しました”の年賀状をウェディング写真付きで制作。子供が産まれた時にも、同じように報告を兼ねた赤ちゃん写真付き。写真屋さんに気に入った写真を持っていき、それをもとに字体やデザインのフォーマットを選んで印刷してもらうものでした。

やがて、パソコンの爆発的な普及が始まり、年賀状も自分で好きに作れるようになっていきました。写真も簡単に取り込むことができますし、コストも安いので、うちもこの流れにホイホイ乗って、自分たちの好きな写真を使い、オリジナル年賀状を量産するようになっていました。けれどもそのうち、小さな子供を狙った犯罪が多発。ネット上でも知らないうちに子供の画像が流出して、犯罪者に利用されていた……なんてこともしばしば。個人情報などにも過敏な時代が到来しました。そういったことを鑑みると、写真の年賀状によって、自分の住所や家族構成と合わせて、子供の顔までわかってしまうものをバラまくということに、かすかな抵抗を感じるようになっていきました。写真の年賀状はとても人気があり、今でも毎年多くの人が用いていますから、うちは少し神経質かもしれないなあー と思いつつ、「年賀状に写真は載せない」も、いつのまにか我が家のこだわりの一つとなっていきました。

筆へのこだわり

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そして、もう一つのこだわりは、冒頭にも書きましたように、「宛名は私が筆ペンで書く」ということ。親元から巣立って何年経っても、今度は自分が親と言う立場になり子育てをする年齢になっても、そして、裏がプロの作った写真付きであろうが自分のダウンロードしたイラストであろうが……私はあいかわらず「お父さん、この字を見たらなんて言うかなあ〜」「褒めてくれるかなあ〜」などと思いながら、宛名だけは手書きを続けているのです。

大好きだった父は、9年前に他界しました。長寿社会と言われる現代なのに、まだ60代で突然逝ってしまった父。本当に残念で、哀しくて、いつまでも忘れられませんでした。会えない、顔が見られない、声が聴けない……様々な悲しみとともに、もう二度と、あの手から新たな文字が生まれることはないのだ、という独特の寂しさもありました。

けれども……

実家に帰省して町をドライブしていると、いたるところで、父の文字に出会うことができます。亡くなって10年近くになるというのに、町の中には今でも父の書いた看板がたくさん残っているのです。もうすっかり色褪せてしまったものもありますが、父が人生を賭け、誇りを持って携わってきた仕事が、本人がいなくなったあともずっとたくさんの人の目に触れ、場合によっては社会のお役に立っている……それはとても感慨深いものです。

心の温もりを伝える

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私は今でも父ほど達筆ではなく、筆文字もなんとなく上手く見えるような雰囲気だけ(笑)。長年の経験からそれなりの体裁を整えている程度ですが、奥底にあるもの…文字に心を込めたり、想いを届けたりするという“真心”のようなものは、父からしっかり受け継ぐことができたと自負しています。世の流れはさらにデジタル化へと加速していくでしょうが、未来を担う子供たちへ手書きの文字や書が持つオンリーワンの魅力や、凛とした精神性、心の温もりなどを伝えて行けたらいいなあと思います。

今年の年末も宛名書きはもちろん筆ペンですが、今度は、裏面も手書きの筆文字をあしらった墨絵のようなものを書いてみようかなあと思います。うまくできなくても、きっと父だけは「いいぞいいぞ」と言ってくれる気がします。