藤田さんの年賀状にこだわりをもつ自慢の年賀状の作り方と年賀状へのこだわりをエッセー感覚で。

藤田さんの私の年賀状スタイル(私の年賀状コンテスト入選作)

肉筆年賀状

●藤田哲夫さん平成16年定年退職。昭和35年から現在に至るまで油絵。個展14回。全国をスケッチ旅行するのが趣味。かたわら油絵、絵手紙、水彩画を描いている。

年賀状で電話をもらう

「来年の年賀状はどんな風景画をもらえるのか、夫婦で愉しみにしている。一昨年もらった『蒜山高原』は、妻と初めて旅行したときプロポーズした所だよ……」電話は、転勤した職場の同僚からだった。師走が近くなると、年賀状をもらっている旧友や妻の知人からも。電話をもらったりメールなどが入ってくるようになった。

「37年前にもらった『洞爺湖』の風景。昨年の『足摺岬』の賀状を額縁に入れて飾っている。五つの部屋はあなたの絵で埋まっている。毎年新しい風景と入れ替えしている」私の油絵個展を欠かさず観にきてくれている方の電話をもらったこともあった。

水彩の肉筆年賀状

私が出す年賀状は、水彩の風景画を肉筆で描いたものを出していた。同じ図柄はない。百枚出すと百種類の風景を描くので手間がかかる。29才から現在に至るまで同じスタイルを通している。受けとるほうも、わたしからの賀状は肉筆の絵と決めているようだ。懇意にしていた者に、初めて肉筆の画の賀状を出したのが始まりだった。それまではありきたりの簡単な文面か、印刷された物を使っていた。

私は油絵を始めたのは15才のときで、初個展は20代の後半だった。風景画を主に描いていたので、休日は全国の山や湖、草原などをスケッチした。描きためたスケッチ画が千点を超えていた。個展の前の年。年賀状に肉筆の水彩画を描いて数名に出すと喜んでもらえた。それまでは文字が主体で、形式ばったものだったが、次の年からは全部風景画にした。肉筆の絵に変えてから、絵柄やデザインにこだわるようになった。賀状を描く用具、紙の材料や紙質。塗料にも工夫をこらした。

毎年、多方面から多くの賀状が届いた。ほとんどの物は申し合わせたかのようにパターンが決まっており、おもしろ味に欠けている。儀礼的なもので占められている。印刷の物で似通った図柄と同じ文面。やがてパソコンで作った家族の写真を入れたものが多くなった。めったに直筆のものにお目にかかれない。

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